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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1325号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は「1原判決を取消す。2被控訴人は控訴人に対し、金五四〇万円及びこれに対する昭和四八年一〇月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。3訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに右第2項につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠の提出・援用・認否は、次のとおり付加・補充するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決六枚目裏六行目に「本人」とあるのを「本文」と訂正する。)。

1  主張

(控訴人)

事故により被害を受けた者が共同運行供用者の一人である場合でも、その者が当該運行に直接関与していないと認められる特段の事情があるときには他の共同運行供用者に対する関係では自賠法三条本文の「他人」として保護されると解すべきである。ここでいう当該運行に直接関与していない場合とは、文字どおり当該運行そのものに直接関与した場合、すなわちその者が運転者もしくは運転補助者として運行に関与し、何らかの形で事故発生に積極的原因を与えた場合以外の場合を広く指すものと解すべきであり、したがつて単に運転者とともにドライブという共同の目的をもつて同乗していたというだけで当該運行に直接関与したものとして右「他人」に当たらないとすることはできないというべきである。本件において控訴人は、事故当日は旅館出発の時から後部座席にあつて、運転の指示は勿論道路指示も全くしていなかつたのであるから、当該運行に直接関与していなかつたものというべく、他の共同運行供用者である訴外宇田川繁太郎との関係では右「他人」として保護されてしかるべきである。

(被控訴人)

控訴人の右主張は争う。

2  証拠関係

(控訴人)

当審における控訴人本人尋問の結果を援用。

理由

一  昭和四七年一月三日午前一一時頃、愛媛県南宇和郡西海町弓立二七〇番地先において、訴外星吉泰(以下「星」という。)が運転し、控訴人が後部座席に同乗する普通乗用自動車(足立五な八九一四、以下「加害車」という。)が交通事故を起こしたことは当事者間に争いがなく、原審における控訴人本人尋問の結果及びこれによつて成立の認められる甲第一ないし第六号証、甲第七号証の一、二、甲第八、九号証によると、右事故によつて控訴人が胸椎圧迫骨折による背髄損傷等の傷害を負つたことが認められ、この認定を左右する証拠はない。そして、訴外宇田川繁太郎(以下「繁太郎」という。)が加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であること、同人が昭和四六年一二月六日被控訴人との間で、加害車につき、控訴人主張のとおりの内容の自動車損害賠償責任保険契約を締結したことはいずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は自賠法一六条一項に基づくものであるから、控訴人の繁太郎に対する同法三条本文に基づく損害賠償請求権の成立を前提とするものであるところ、被控訴人は、控訴人が加害車の運行供用者であり、したがつて同条本文の「他人」に該当せず、控訴人の繁太郎に対する右損害賠償請求権は成立しない旨主張するので検討する。

1  成立に争いのない乙第一ないし第三号証、原審証人宇田川繁太郎、同宇田川たいの各証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、加害車は溶接業を営む控訴人の実兄繁太郎(昭和一七年生れ)が主として右営業上の顧客先廻りや配送等に用いるため昭和四四年頃購入し、自己名義で車両登録すると共に、ガソリン代、修理代等の諸経費を負担して管理してきたものであること、控訴人(昭和二四年生れ)は繁太郎と同居し、中学校卒業後一時右溶接業を手伝つたこともあるが、本件事故当時は有限会社藤生酸素商会に勤務し、自動車の運転に従事していたこと、加害車は繁太郎の右営業のほか、控訴人を含む繁太郎一家のレジヤーにも時折り用いられていたが、いずれの場合も運転はほとんど同人が行い、控訴人が運転することは稀れであつたこと、ところが昭和四六年一二月末控訴人は友人の星と正月休みを利用して加害車で四国へ観光旅行することを企画し、繁太郎から約一週間加害車を使用することの許諾を得たこと、そこで控訴人はガソリン代は星と二人で折半する約束で昭和四六年一二月三一日同人と共に東京を出発し、途中同人と適宜運転を交代しながら昭和四七年一月一日愛媛県伊予市の星の友人訴外重松道子宅へ到着し同女宅で一泊したこと、翌一月二日、控訴人、星、同女、その友人の訴外西本啓子の四人で加害車で四国観光をすることとなり、控訴人、星、訴外重松道子の三人が交代で運転し、桂浜、足摺岬等を見物し、同夜は愛媛県南宇和郡城辺町の旅館に宿泊したこと、翌一月三日朝午前一〇時三〇分頃海中公園見物のために星が加害車を運転して旅館を出発し、助手席に訴外重松道子、後部座席に控訴人と訴外西本啓子が同乗して進行中、午前一一時頃星がカーブで運転操作を誤り、加害車を道路下に転落させ、本件事故に至つたこと(以上のうち、控訴人が加害者の所有名義人である繁太郎の実弟で同人と同居していたこと、控訴人が正月休みを利用して加害車で四国へ観光旅行することを企画し、星と共に昭和四六年一二月三一日東京を出発し、途中訴外重松道子らと落ち合い、事故前日の一月二日城辺町へ着き宿泊し、翌朝午前一〇時三〇分頃海中公園見物のために星が加害車を運転して旅館を出発し進行中、午前一一時頃本件事故に至つたことは当事者間に争いがない。)をそれぞれ認めることができ、以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定の事実によれば、被控訴人主張のように控訴人が加害車を繁太郎と共有し、日頃から自己のため運行の用に供していたものとまでは断定できない(控訴人の司法警察員に対する供述調書である前記乙第一号証に「加害車は兄のものになつているが、事実上は自分のものである」旨の記載があるが、右認定の加害車の管理、使用状況に照らし、右記載をもつては控訴人が日頃から加害車の運行供用者の地位にあつたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。)が、控訴人は加害車の所有者である実兄繁太郎からその使用を許され、友人と交代でこれを運転しながら観光旅行の途中であつたのであるから、本件事故当時の加害車の具体的運行については、その運行を支配し、運行利益を享受していたものと認むべきである。そして、繁太郎は事前に控訴人に対し加害車の使用を許諾しており、右運行が繁太郎の意思に反するものでないこと、一方右使用期間は約一週間程度の短期間が予定されていたことに同人と控訴人との身分関係をあわせ考えれば、右具体的運行について繁太郎の運行支配が排除されていたものとは到底認められないので、結局右運行について控訴人は繁太郎と共に運行供用者の地位にあつたものといわなければならない。

ところで、自賠法三条本文の「他人」とは運行供用者及び当該自動車の運転者・運転補助者を除くそれ以外の者をいい、運行供用者は自賠法による保護から除外されるものと解されるところ、控訴人の主張するとおり対外的責任主体としての「運行供用者」と自賠法による保護の除外事由として機能する「運行供用者」とは必ずしも同一に解さなければならないものではなく、事故により被害を受けた者が共同運行供用者の一人である場合には、対外的責任主体となりうべき運行供用者であるが故に常に右「他人」に該当しないものとはいえず、その者の当該具体的運行に対する支配の程度態様のいかんによつては他の共同運行供用者との関係においては右「他人」として保護されてしかるべき場合もあると考えられるが、本件においては、前記認定の事実によれば、事故当時の具体的運行に対する繁太郎による運行支配が間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、控訴人による運行支配、まして右運行による運行利益の享受は、運行の全般に亘つてはるかに直接的、顕在的、具体的であつたというべきであるから、かかる場合には、控訴人は繁太郎に対し自賠法三条本文の「他人」であることを主張することは許されないと解すべきである。

控訴人は、繁太郎と共に控訴人が加害車の運行供用者に当たるとしても、事故の被害者が共同運行供用者の一人である場合、その者が当該運行に直接関与していないとき、すなわち運転者もしくは運転補助者として運行に関与し、何らかの形で事故発生に積極的原因を与えたのでないときには、他の共同運行供用者に対する関係では自賠法三条本文の「他人」として保護されると解すべきであるとして、本件事故当時控訴人は後部座席にあつて、運転の指示等もしていなかつた(この事実は前記乙第一号証、乙第三号証及び原審における控訴人本人尋問の結果によつて認めることができる。)のであるから、当該運行に直接関与していなかつたものというべく、繁太郎との関係で右「他人」として保護されてしかるべきであると主張するが、前記認定のとおり四国への本件観光旅行は控訴人と星とが共同で企画したものであり、かつ控訴人は昭和四六年一二月三一日東京を出発して以来本件事故の日の前日まで星ないし訴外重松道子と交代で加害車を運転しており、従来の経過からすれば事故当時控訴人が運転を担当せず星が運転していたのは交代運転の一環として偶々そのようになつたにすぎないとみられることを考えると、控訴人が後部座席にあつて、運転の指示等をしていなかつた事実が、繁太郎の運行支配に比べて控訴人のそれがはるかに直接的、顕在的、具体的であり、したがつて控訴人は繁太郎に対し自賠法三条本文の「他人」であることを主張できないとの前記判断を左右しうるものでないことは明らかである。よつて、控訴人の右主張は採用できない。

3  してみると、控訴人の繁太郎に対する自賠法三条本文に基づく損害賠償請求権は成立しないものというべく、これと同趣旨の被控訴人の前記主張は理由があるといわなければならない。

三  以上の次第であるから、右損害賠償請求権の成立を前提とする控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないものとして棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 室伏壮一郎 横山長 河本誠之)

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